熊本市の慈恵病院で、親が育てられない赤ちゃんを匿名で預かる「こうのとりのゆりかご」の運用が始まって間もなく15年になります。
宮津航一さんはこの「こうのとりのゆりかご」に預けられました。
航一さんは、今年高校を卒業するのを機に新たな一歩を踏み出したいと、自分の胸に閉まってきたこの事実を、公表したいと考えるようになりました。
番組で、初めて航一さんは、自分がこうのとりのゆりかごに預けられたことを告白します。

カメラは高校総体、大学受験と、航一さんの高校生活最後の年を追いかけました。航一さんは改めて、自分が育ってきた家族、暮らしてきた地域を見つめなおします。
彼の話は自分と家族の絆、地域との絆、「こうのとりのゆりかご」への思い、将来の目標にまで及び、彼の「現在地」を浮き彫りにします。
航一さんは、食事に困っている子どもの手助けになればと、子ども食堂を始めました。旅立ちの春、航一さんの18歳の今に迫りました。

熊本朝日放送