実況 ◆ TBSテレビ 50459
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前スレ1000早よ
1000 渡る世間は名無しばかり 2023/07/04(火) 12:41:49.51 ID:nmNoU5YY
>>1000なら八代さんとベロチューする これ半分熱帯雨林気候やろ
もはや日本には四季がない >>1乙
益城町には何もない
空港は菊陽町
ビールはサントリー嘉島町
製薬会社は再春館製薬で女子ゴルフの方が有名 熊本とか毎年何回も水ついてるけど住むところあるの? 熊本の大自然を優先してダムを作らなかった熊本市民
熊本の大自然を愛していたんだな 都市水害と称されるからには、洪水にどのような変化が認められるのか、そして水害の内容がどんな変貌を見せているのか、ということになる。洪水でいえば、量より質、つまり洪水の期間に流れる全量の変化より、ピーク時の流量だけが極端に大きくなってくることである。水害ということでいえば、従来は水害にならなかった洪水氾濫でも水害になってしまうということである。 都市が造られると、それに伴って道路が整備され、その道路には側溝が造られる。当然、住宅には雨どいが作られ、できるだけ早く川に雨水を流そうとするようになる。そのため降る雨の量が昔と変わらなくても、降った雨が川に到達する時間は飛躍的に短縮されることになる。もともと、地中にしみ込む雨の量はたかが知れているもので、どんなに自然が残っていても、短時間に大量の雨が降るとしみ込まないで流れてしまう。逆に言えば、しみ込むような雨なら洪水は起こらない。だから、しみ込むかしみ込まないかが問題なのではなく、降った雨を時間を短縮して流そうとするから洪水が起きるのである。
https://sora.5ch.net/test/read.cgi/livetbs/1685716748/881-
また、水田であれば洪水になっても水害とは呼ばれなかったが、家が建てば水害になってしまう。かつては雨が降ると、雨水は田んぼなら約24時間、蓮の生えるような池なら約48時間位の間遊んでいた。しかし、今ではそのような所にも住宅を建てるようになり、そして少しでも雨水が溜まると、住民は「被害が出る」と騒ぐようになった。要は住民にとって、周囲に雨水が少しでも滞留することは許されないことなのだ。今まで許容してきたことが被害になってしまう、その住民意識が都市水害発生の根っこのところにあるといえる。さらに近年では、単に田んぼを潰して住宅を建てるから都市水害が発生する、というシンプルな図式だけではない。田んぼを潰して住宅を建てる時は、水に浸かりたくないから盛土をする。皆が盛土をするから、雨が降ると風呂にたくさんの人が入った時のように水位が上がるというようなことも起こり、盛土をするのを敵視する所さえ出ている。このように水害が以前より悪い方向に進んでいくことを、都市型水害の進化という。現在の都市型水害は様々な内容を伴って進化している。
https://sora.5ch.net/test/read.cgi/liventv/1662768967/117-136 どう考えても異常気象なのにネトウヨってどんどん火力発電しろだの二酸化炭素どんどん発生させろだの温暖化万歳とか言ってるだろ
こいつら愛国者のふりした地球の敵なんじゃないの 確か中国の原発て100基以上東シナ海にあるよな。そこからの排水考えたら、海水温があがったままなのは当たり前か >>9
大正6年(1917年)に降ってきた巨大な雹(ひょう)!
大正6年6月29日は、九州から関東にかけての広い範囲で激しい雷雨となり、埼玉県でも北部を中心に落雷、降雹(こうひょう)などにより大きな被害が生じました。
当時の「気象要覧(中央気象台)」によると、この時の雹の大きさが直径29.5センチメートル、かぼちゃ大、重さ約3,400グラムなどと表現されています。
https://www.jma-net.go.jp/kumagaya/shosai/chishiki/hyou.html
1917年9月30日に沼津付近に上陸した台風は上陸後も発達を続け、東京通過時は952ヘクトパスカルにまで成長していました。これは東京で観測された気圧としては現在も最低記録となっています。
https://sora.5ch.net/test/read.cgi/livetbs/1688200434/504-509 >>16
洪水と共存するとかドヤっていたから今回も想定内だろうな >>27
大正6年(1917年)に降ってきた巨大な雹(ひょう)!
大正6年6月29日は、九州から関東にかけての広い範囲で激しい雷雨となり、埼玉県でも北部を中心に落雷、降雹(こうひょう)などにより大きな被害が生じました。
当時の「気象要覧(中央気象台)」によると、この時の雹の大きさが直径29.5センチメートル、かぼちゃ大、重さ約3,400グラムなどと表現されています。
https://www.jma-net.go.jp/kumagaya/shosai/chishiki/hyou.html
1917年9月30日に沼津付近に上陸した台風は上陸後も発達を続け、東京通過時は952ヘクトパスカルにまで成長していました。これは東京で観測された気圧としては現在も最低記録となっています。
https://sora.5ch.net/test/read.cgi/livetbs/1688200434/504-509 え~、昭和の時代も夏休み前に福岡とか熊本とか家流されてたよ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています