>>63 後日、社員全員から定期的にもらった手紙を読んで、売却をストップさせてよかったと改めて思いました。
「いちばん悔しかったことは吾妻橋工場の売却で、一番うれしかったのはその跡地を買い戻して本部ビルを建設したことだ」という意見が圧倒的に多かったからです。
これ以上、会社の資産は売らないぞという決意を示すことが、社員の士気に与えた影響は大きかったと思います。

住友銀行で同期だったアサヒビールの当時の筆頭専務が、好意からこんな忠告をしてくれました。
「樋口くん、ここは大変だぞ、やめとけ。再建は難しい。ちょうど僕のおじさんが病院をやっているから、しばらくそこに入ったらどうだ。3カ月も入院していれば、この人事は取り消しになるよ」
アサヒビールで経理の神様といわれて、銀行時代から付き合いのあった生え抜きの専務も、気の毒そうに話してくれました。
「樋口さん、みんな歯を食いしばって頑張っているが、もうどうにもならない。売るべきものは売り尽くした。有効な手立てもありません」
しかし、こういう話を聞いて、私は逆にファイトが余計湧いてきました。よーし、ここでとことんやったろう、とね。
メーンバンクの住友銀行は株主としては第3位でしたが、アサヒビールからの要請を受けて、それまでに3代続けて社長を送り込んでいました。しかし私が入る前には、もうそれどころの状態ではないと判断していました。
この1年半ほど前のこと、住友銀行の磯田一郎会長が、当時サントリーの社長だった佐治敬三さんに、業務提携の話を持ちかけたことがありました。
このとき佐治さんは「水に落ちた犬に棒を差し出すのは無謀だ」という喩え話をして、やんわり断ったそうです。