>>291
生い立ち
母親は三重県四日市市に生まれた。両親の離婚などで中学生時代は家出を何度も繰り返していた[3]。この頃、母親の父が、高校スポーツの指導者としてニュースの特集に出たことがあり、その当時中学生だった母親に対して、福澤朗が家に帰るよう促したことがある[4]。2006年12月、当時大学生だった男性(その後大学を中途退学し就職する)と結婚。2007年5月、20歳になった直後に第1子の長女を出産。2008年10月に第2子の長男を出産し、2009年5月に離婚した[3]。離婚は借金と自らの不倫が原因だったが、離婚を決める家族会議で「借金はしっかり返す」「家族には甘えません」「しっかり働きます」などの誓約書を書かされ、22歳で幼い2児を抱えるひとり親は養育費もない状態で家族を頼れない状況となり、児童扶養手当も子ども手当も受給しなかった。この母親もまた幼少期に実母からネグレクトを受けていた上、中学生で輪姦による性被害があった経験もあり、解離性障害の傾向もあったという。公的機関に1度子どもを預ける相談をしたが実施には至らなかった[5]。