オウム真理教の教祖である麻原は、同じ新宗教である創価学会を敵視していた。やがて「サンデー毎日から始まったオウムバッシングは、聖教新聞を印刷している毎日新聞社グループと創価学会が結託して行っている」などと主張し始め[1]、『池田大作は日本を侵略するフリーメーソンの手先であり「仏法」を曲げているまむしの一族』[2][3]、『多くの人をだまして来世悪趣に転生させてしまうのでこれを防がなければならない』[4]、『オウム真理教の信者数を創価学会並みに増やしたいが、それに至らないのは池田大作(名誉会長)が政治家の小沢一郎を使って国家権力を動かし妨害しているからだと考えて』[5]、『ポア(殺害)しなければならない』[6]と敵対心を露わにしていった。

1993年8月にはオウム真理教幹部の土谷正実が猛毒のサリン合成に成功しており[7]、麻原はサリンの最初のターゲットとして池田大作(名誉会長)の襲撃を計画し、「サリンをまいてみろ」と指示[2]。村井らが行動に移した。当初はラジコンヘリによる航空散布が検討されたが、ラジコンヘリが操縦ミスで大破したため、車両(自動車)による攻撃に変更した[4]