イスラエルがハマスを「誕生させた」思惑

70年代前半にはイスラエルの占領に対する激しい抵抗運動が続いた。これに対し、後にイスラエル首相となるアリエル・シャロン南部方面軍司令官は建物の密集したガザをブルドーザーで破壊して回り、数百人のパレスチナ人を殺害し、難民キャンプを拠点にしていた過激派のパレスチナ・ゲリラを粉砕した。

イスラエルはムスリム(イスラム教徒)の宗教的アイデンティティーをパレスチナ人のナショナリズム以下の脅威とみて、イスラム組織ムスリム同胞団のガザ支部を支援した。87年末に始まった第1次インティファーダまでに、ムスリム同胞団がPLO(パレスチナ解放機構)の主流派ファタハに対抗するハマス(正式名イスラム抵抗運動)を創設できたのも、この政策のおかげだった。