え、気圧なら気圧計で測ればよいんじゃないの? と思うかもしれません。では、台風の中心気圧を、実際に気圧計で測っている様子を想像してみてください。移動する台風の中心気圧を測定するためには、誰かが台風の中心まで実際に行き、そこで気圧計を使って測らなければなりません。これはなかなか大変なことです。台風が陸地の上にあるならまだよいのですが、例えば太平洋の真中にあるとすれば、誰かが歩いていくわけにはいきません。となると、例えば船を使うことになりますが、10m以上の高波が荒れ狂う大しけの海に突っ込んでいくのはあまりに危険すぎます。

残された手段は飛行機です。飛行機ならば確かに、台風がどこにあっても中心に突入していくことができます。しかしこれもなかなか危険な行為です。台風のぶ厚い積乱雲の中は強烈な乱気流が渦まいているので、コースを間違えれば生きて帰ることさえ危うくなります。とは言っても、台風情報はそれだけの危険を冒してでも知りたい重要な情報だったので、飛行機を用いた観測は第二次大戦ごろに始まりました。具体的には、台風観測用の飛行機で台風の中心まで突入し、上空から気圧計を落下させて中心気圧を測定していきます。台風の中心気圧はこうして、まさに命がけの観測方法で測定されていたのです。

正確に言えば、このような観測をずっと担当してきたのは、実は米軍の飛行機でした。というのも、コストが嵩むことから、日本の気象庁はこうした独自の観測機を持てなかったのです。そして頼みの綱だった米軍も、1987年8月には飛行機観測を終了。これ以後の北西太平洋地域では、継続的な飛行機観測は途絶えてしまいました。

もはや台風の中心気圧を実際に測定できるのは、台風が島や陸地の気圧計にたまたま接近する時ぐらいしかありません。ですから台風が上陸する時というのは、気圧の実測値が得られる貴重なチャンスです。しかし台風が太平洋の真中にあれば、こうしたチャンスは望めません。したがって、こうした場合の「中心の気圧は975ヘクトパスカル」という情報は、「中心の気圧はおそらく975ヘクトパスカルぐらいだろうと気象庁は考えています」ということを意味していたのです。