眠るサクラ

 もともと秋咲きだったサクラが、なぜ日本では春咲きになったのでしょうか?その秘密は、ネパールと日本の気候の違いにあります。
秋咲きのサクラがあるネパールは、緯度は亜熱帯に属し、山岳地帯を除けば標高は1400~2000mほど。一年を通して温度差は少なく、とても穏やかな気候です。これに対して日本は、春夏秋冬がはっきりしていて、一年でも最高と最低気温の差が30度以上あります。ネパールと比べると、とても厳しい気候なのです。
つまり、温室育ちのネパールのサクラは、中国、台湾、日本へと北上していく過程で、厳しい気候を乗り切る手立てとして、冬場に葉を落として活動を止める「休眠」を得たのです。動物でいえば冬眠です。そして暖かくなった春に、花を咲かせるようになったのです。
「そんなことがあるわけない」と思われるかもしれません。でも、次の事実は非常に示唆に富んだ話です。

 ネパールには秋咲きのヒマラヤザクラのほかに、 2種のサクラがありますが、実はこの2種とも春咲きなのです。なぜでしょうか?
この2種のサクラは、ヒマラヤザクラと違い、雪が降り気温も零下にまで下がる標高3000m以上のところにあります。そうです、この2種のサクラも、厳しい環境で生き残るために休眠を獲得して、春咲きの性質に変身していったと考えられるのです。

 その昔、サクラは秋に咲いていた。それが厳しい環境へと移動していくなかで生き残るために眠ることを覚え、春に咲くようになった。 毎春、爛漫に 咲き乱れるサクラを見ながら、私たちはそんなサクラのふしぎな物語に、想いをはせているのです。
植物の進化を遺伝子レベルで解明していくのも農学のおもしろさです。