張本勲 元野球選手

5歳の夏、爆心地から約2kmで被爆。
人肉の焼ける強烈な臭い、叫声を上げながら猿猴川に飛び込み亡くなっていく人々、夜通し続くうめき声を、今でも忘れることはないという。
14歳だった長女の点子は、大火傷を負い数日後に亡くなった。
張本によれば、担架で運ばれた点子は全身にやけどをしていた。「『熱いよう、熱いよう。』母の懐でうめく点子にブドウを一房もぎ、口元で搾ってあげた。
『ありがとう。』消えそうな声が最期だった」と語っている[21]。