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 大正6年6月29日、埼玉県においては強風のために、川越地方で工場の屋根が吹き飛ばされた。北埼玉郡笠原村、熊谷町、桶川町等に落雷し、1名が即死した。

 特に降雹の被害が大きかった。以下に、熊谷測候所が調査した概要を記述する。

 降雹の被害があった地方は、大里郡、北埼玉郡の3町25村にわたり、その中でも長井・奈良・妻沼・秦・北河原・南河原・中條の各村は被害が最も大きかった。

 長井村の「大正寺」飯野住職が測った雹の塊は直径約29.5センチメートルあったという。また、中條村大字小曾根では、1個の重さが約1,100グラム内外のものが降ったという。

 なお、雹の塊の最も大きいと思われるものは、中條村大字今井に出張して調査した際に同地の荒物商「角屋」の主人が話した所によれば、300グラムから950グラム前後のものが最も多く、稀にはかぼちゃ位の大きさのものもあり、その大きい物を1個拾って持ち帰り、秤(はかり)にかけるまでには多少解けたが、なお3,400グラムの重さがあったという。

 そのため、付近の田んぼに残っていた痕跡を調べたところ、驚くべきことに大きなものは地面に直径約51.5センチメートルの穴を開け、小さなものでもなお約12センチメートルの痕があった。このような状態なので、屋根や風が強くあたる部分は破損がはなはだしく、屋根、雨戸を突き破って屋内に入った雹の塊も少なくなかった。また、その形は扁平な球形で周囲が内側に巻き込み、まるで牡丹の花のようだったという。