もともとは1969年(昭和44年)、三洋電機(現・パナソニック)のエアコンのCMソングの候補曲として作られたものであった。
まず筒美京平が3曲書き下ろし、その中の1曲にやなせたかしが歌詞を付け、槇みちるが歌い完成。しかしこの曲はスポンサー側の方針変更により採用されなかった。
筒美の楽曲を管理していた日音の村上司は、この曲を埋もれさせるのは惜しいと考え、「白いサンゴ礁」でヒットを飛ばしていたズー・ニー・ヴーの新曲として採用。曲を「白いサンゴ礁」の作詞者でもある阿久悠に渡した。
阿久は「安保闘争で挫折した青年の孤独」をテーマにした歌詞を付け、1970年2月10日、「ひとりの悲しみ」というタイトルでリリースされたが、ヒットにはならなかった。