>>763 これに業を煮やした海軍は紫電の生産ラインを多少改変すれば生産可能であった本機を機体分類上は乙戦のまま、
1944年(昭和19年)4月の段階で零戦の後継機として選定し、生産を指示した。この決定の影響により、分類上は迎撃戦闘機である乙戦のままであったにもかかわらず、実戦では主な配備先の三四三空を始めとした部隊では零戦に代わる次世代『制空戦闘機』として運用されていく事になる。[59]
紫電改と同時期に開発され、同じ発動機を搭載する中島飛行機の四式戦闘機「疾風」(以下、四式戦と略)と、
紫電改の最高速度を仕様諸元上で比較すると、紫電改の方が劣っている。紫電改の試作時における最高速度は335ノット(620.4 km/h)[60]。全備重量での最高速度は321ノット(596 km/h)/ 5600m、上昇力は6,000mまで7分22秒であった[61]。