カルチエ・ラタンは、パリの地名である。カルチェラタンとも表記する[1]。

セーヌ川左岸、5区と6区にまたがる区域で、カルチエは「地区」、ラタンとは「ラテン語」のことであり、「ラテン語地区」を意味する。これはフランス語が未統一であった時代、
ヨーロッパ各地から集まった学生たちが当時の学問や教会における国際共通語であったラテン語で会話したことに由来する。

パリ大学をはじめ、名門高等教育機関が集中しており、昔から学生街として有名である。1960年代、特に五月革命のときに、様々な反体制学生運動の中心地であった。