>>871 今回取り上け゛る植民地ヘ゜ルーの状況も例外て゛はない。植民地ヘ゜ルーの歴史は1535年のフランシスコ・ヒ゜サロ一行の上陸と、続くインカ王の虐殺と、その王国(タワンティン・スーユ)の征服によって始まった。征服はスヘ゜インの植民地支配と、ローマ・カトリック教会の全世界への福音という使命感によって正当化された。
スヘ゜イン人との接触は先住民社会に衝撃を与えた。
先住民は、宗教や政治をはし゛め、労働や交換、流通や税なと゛、社会・経済のシステムに至るまて゛すへ゛て破壊され、征服者の植民地支配に従属させられた。
いわは゛先住民は、その方向付けを奪われたのて゛ある。
それは先住民に対する税の回収や統治、労働力の確保、カトリックへの改宗は、スヘ゜イン人にとって都合の良い都市計画(集村化と改宗区の設立)によって推し進められた。

先住民宗教は「偶像崇拝」「魔術」「迷信」「悪魔崇拝」なと゛のレッテルによって否定され弾圧・迫害された。

こうして、征服者て゛あるスヘ゜イン人は、自らと、被征服者て゛ある先住民との関係に、支配者と被・支配者という関係た゛けて゛なく、「優れた人種」と「劣った人種」 「文明」と「未開」 「真の宗教」と「偶像崇拝」といった優劣関係を強いた。以上のようなレッテル付けは近代西欧のイテ゛オロキ゛ーに基つ゛いている。近代西欧の学問体系もまた、このイテ゛オロキ゛ーの産物て゛ある。それは植民地主義と密接に関わっている。

愚かな陰謀論者は悪魔崇拝の起源はキリスト教のレッテルだとは知らない。
https://note.com/zenika/n/n3cdaad019045