アメリカは今でこそ原爆が戦争を終わらせたとこじつけているが当時は日本の降伏は日本が和平調停工作を頼りにしていたソ連の侵攻という裏切りによりもたらされると考えていた。アメリカは組成の異なる2種の原爆投下の人体実験を日本で実行する事を決定していたが日本がソ連侵攻により降伏してからは投下できない。そのためソ連の満州侵攻の日取りを知る必要があった。ヤルタ会談でスターリンはトルーマンにソ連侵攻日程を教える代わりに東欧の線引を合意させた。