1939年の独ソ不可侵条約によって、ソ連はフィンランドを勢力範囲とすることをナチスドイツから認められる。

ソ連のスターリンはフィンランドの併合を目論んでフィンランドへの侵攻を開始したが(ソ芬戦争)、頑強な抵抗に遭いフィンランド国土の十分の一のソ連への割譲を条件に講和し(冬戦争)、1941年の独ソ戦開戦によりフィンランドも失地回復のため参戦した(継続戦争)。
また、枢軸国の敗勢によりフィンランドはソ連と休戦し、国内駐留ドイツ軍とも開戦した(ラップランド戦争)。

敗戦国の立場に立たされ地理的にも西側の支援の望めないフィンランドは、1948年にフィンランド・ソ連友好協力相互援助条約を締結し、独立および議会民主制と資本主義の維持と引き換えに、ソ連に協力することとなった。

フィンランド軍の装備もワルシャワ条約機構と互換性のある物が採用された(ただし、その義務はフィンランド方面に限定され、またフィンランドはこの条約を口実に軍備を徐々に増強していった)。
また、マスコミにおいては自主規制が行われ、冬戦争におけるソ連の侵略などに対する言及はタブーとなり、電力や天然ガスといった重要資源もソ連に全面依存するようになった。